42歳の初体験 第10章 富士山リベンジ 登山編 中編

公開日:2009/11/01

6:40am
古御岳神社
須走口登山道を出発してすぐ、前回の下山時に見かけた古御岳神社と言う((やしろ))が見えた。富士山は今も昔も信仰の対象としてなる山。大石寺をはじめ、懐かしい所ではオウム真理教や法の華三法行などの新興宗教まで、富士山のまわりに宗教が多いのはそのせいである。今回も登山の無事を祈り、社を後にした。

着替え中
歩き始めて数十分後。太陽が高度を上げるのと比例して気温もグングン上昇する。五合目の朝はひんやりしていて厚着をしていた一同だったが流石に暑くなってきて着替えタイム。この頃から早くもRちゃんが弱音を吐き始める。待て待て。まだ30分も登ってない。

抜けるような青空下は雲海が見えるのみ高木樹の中を進む
今日の富士山。空は抜けるような青空が広がり、上空に雲は見あたらない。しかし、下を見ると雲だらけだ。どこまでも続く雲海は下界の天気を想像させた。雲が低く立ちこめる曇り空だろう。逆に雲の上の私たちは全く曇りにならない空を見つめる。日差しが容赦なく体力を奪っていく感じだ。
須走口の五合目は前回の富士宮よりは高度が低く、まだまだ植物を見ることが出来る。樹木は適度な木陰を提供してくれるので有り難い。これも7合目を越える頃には見えなくなってしまうだろう。

8:25am
新六合目に到着長田山荘長田山荘前ベンチで休憩
出発から2時間後。
新六合目にある長田山荘に到着した。今回の登山で初めての山小屋である。標高は2450m。ちなみに前回の富士宮五合目が2400m地点であった事を考えると2時間で50mしか登ってない計算になる訳だ。富士宮のスタート地点が如何に高所にあったかが嫌でも判る。ベンチがあったので10分ほど休憩した。
太陽光パネル
これまで山小屋の電力ってどうやって供給されているのだろうか、良く知らないで来たのだが、太陽光発電も当たり前のようで、太陽光パネルを見ることが出来た。

ガンバレー真剣に登ろう!!
前回もそうだったが須走の登山道にはお手製の道案内が多い。そして、下には一言書かれたプレートが付いている。「ガンバレー」だったり「真剣に登ろう!!」だったり。富士宮の案内板は整備されたばかりで綺麗だったが道路標識に近い無味なもの。須走口の案内板はナカナカ味がある。

雲海は見飽きた
朝からずーっと雲海ばかり。人間、無い物ねだりな性分があるらしく、あれだけ感動した雲海も半日以上見せられると飽きてくる。正直、下界の風景でも見たい所であるが、こればかりは神のみぞ知ると言った感じであろうか。まぁ、濃霧で何も見えないよりは100倍マシだが。

9:33am
瀬戸館瀬戸館前のベンチで休憩砂走りな人布団干し
出発から3時間後。標高2700m地点、本六合目にある瀬戸館と言う山荘に到着。ここでも暫く休憩を取ることにした。この山荘から遠くに砂走りをしている下山者の姿を見ることが出来た。
そろそろシーズンも終わろうとしている山小屋では布団を干している所だった。

日差しがキツい森がなくなってきた隊列
そろそろ高木の森はなくなってきて、低い植物だけが生えているだけの溶岩石丸出しの岩場のような道が増えてくる。今回の隊列はH君を先頭にRちゃんの彼女、Rちゃん、私の順。前回、H君にケツ持ちをやってもらった関係から、今回は私がケツ持ちを担当する。ケツ持ちはパーティーの中でも比較的体力のない人に合わせる必要があるため、そもそもが自分のペースで登ることは出来ない役目。結構、キツい役まわりである。

11:19am
太陽館太陽館前ベンチで休憩豚汁を食べる彼女
五合目駐車場を出発してから約5時間後。七合目にある太陽館に到着。前回、下山時に大きく休憩を取った見覚えのあるベンチが見えた。前回はこの後で砂走りを体験した訳である。太陽館は飲み物や食べ物が充実している。下から持ってきた水分を上で使い切らないためにも、ここで足りない分を購入する。昼も近かったので下界で購入したおにぎりを一つだけ食べた。Rちゃんの彼女は何故か豚汁が食べたくなったらしく一人、豚汁を食べていた。Rちゃんに体力的なキツさを聞いてみると結構、限界に来ていると言う。しかし、Rちゃんの彼女はまだまだ行く気マンマンのご様子。彼氏としては行かない訳にもいかないか。

大きく取った休憩の後。太陽館を出発して数分後の事だった。
Rちゃんの彼女がお腹が痛いと言い始めた。ちなみに彼女以外のメンバーはさほど大きく食事を取ってはいない。この先、体調不良の身体を引きずって登山してもどんどんツラくなるだけなので私は下山を勧めた。来た道を戻り、駐車場に辿り着ければH君の車がある。そこから車に乗って帰ることは可能だ。ついでと言っては失礼だがRちゃんも一緒に下山することを勧めた。と言うか彼女を単独で下ろす訳には行かない。と言う訳でRちゃんと彼女はここでリタイアし、下山することになった。
と言うことは私とH君は須走口から下山すると言う退路を完全に絶たれた形となり、意地でも山頂まで行き、御殿場口方面にまわってから下山することを余儀なくされた訳である。

つづく

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