| 42歳の初体験 第5章 富士山 登山編 後編 |
公開日:2009/09/06
床について1時間ほど経過したであろうか。目は瞑ったものの枕一つ分しか自分のスペースがない状況では身動き一つとるのも気を遣う。そうなってくると自ずと寝返りすら出来ない状況になってくる。
枕一個分のスペースで如何に隣に迷惑をかけないで寝るか?と言う事を考えた時、横向きに寝るのが一番良い。だが、横を向くと人妻Aさんの顔が目の前だ。正直、どうにもならん!かと言って起きていては山小屋に泊まった意味がない。眠れないまでも目は瞑っていよう。
Hさんの息子さんが起き上がり、小さなLEDペンライトの灯りでマンガを読んでいる。やはり、眠れないのであろう。
「時間ですよ」
Aさんの声で目が覚めた。浅いながらも睡眠状態には入れたようだ。時間は夜11時半。いよいよ山頂に向けての再アタックである。外からは風の音が聞こえている。
夜間登山と言うこともあり、持ってきた全ての衣服を身に纏い、防寒対策は万全で望むことにした。

30分後。山小屋前ではメンバーが待機していた。いよいよ出発であるが、やはり先頭は私。ちなみに霧は相変わらず濃く、風も結構強く吹いている。
「じゃあ、出発しようか」
7月26日 0:08am LEDのヘッドライトを全開にして霧の中を進む。当たり前の話だが昼間は登山道自体が見ているので何の心配もないのだが、夜の登山道は正に闇の中。この頼りない灯りだけが唯一の頼みの綱である。

先ずはルート上のロープを確認する。これを見失うと正直、登山道を外れることになる。かなり慎重にならざるを得ない。前を他の登山客が歩いている場合は着いていくだけなので楽だが全行程がそう言う訳ではない。自ら道を見つけて進む場面も多い。

正直、夜の登山道を写真に納めたいのだが、フラッシュを使うと霧に反射して画像が真っ白になってしまうため、上手く撮影出来ない。
新七合目より上は五~六合目にあったようななだらかなルートは殆どなく、岩を登って一気に高度を上げるような道が多い。丁度、階段の一段飛ばしくらいの高さをもっと垂直方向に登っていくような感じである。

1:05am 1時間後。
元祖七合目に到着した。山小屋を出発して一時間。山小屋前の軒にあるベンチに腰掛けて休憩。水分補給と行動食として持ってきたアポロチョコを食べる。ここ元祖七合目は標高も3000mを越えてくる。高山病のリスクを考え、意識的に深呼吸をすることに心掛ける。
それは、休憩中ばかりではなく、登山途中でも同じ事。たまに携帯酸素を持ってくる人が居るが意識的な深呼吸で同じだけの効果が得られるのだと本には書いてあった。携帯酸素はお守りだと考えている。

2:01am 50分後。
八合目に到着。富士山頂まで1.6kmとかなり嬉しい数字が出てきて気合いも入る。やはり、山小屋の軒先で休憩するのだが、皆の疲労度がかなり高まっているのが判った。軒先でグッタリするメンバー。霧と風は容赦なく体温を奪う。特に今回。軍手をしながら登っているのであるが、当たり前のことだが軍手には防水機能はない。結果として手先が異様に寒いのだ。スノボー用の完全防水でインナーとアウターの二重構造になっているグローブくらいが丁度良いのかもしれない。ただ、装備して来てないので後の祭りだ。いくら悔やんでも仕方ないが装備はあらゆる事態を想定して準備するしかない。
富士山と言う環境の中で、身を守る物は装備品しかない。ザックパックや雨具は普段の生活に置き換えると家に相当する。雨をしのぎ、暖を取るために家に住む訳だが、この状況では正に雨具や防寒着、ザックパック等がこれにあたる。これをケチると最悪、低体温症などにかかり、マジで命に関わってくる。
皆のペースが上がらない。道はどんどん険しさを増していった。私はと言えば体力的にはまだイケそうであるがパーティー全体の事を考えると休憩の間隔を1時間から30分程度にした方が良いのか?とも感じ初めていた。
しかしだ。この霧の中で休憩をするとかなり体温を奪われる。霧をしのぎ、暖を取りながら座って暖かい物でも飲ませてあげたい気分だ。でも、暖かい飲み物なんて持ってないし…

そんな事を考えている時。上方に灯りが見えてきた。これまでの山小屋は宿泊客がいる関係で全て、消灯していたので、煌々と輝く灯りは何故か希望の光に見えた。

3:09am そこは九合目の山小屋。まるで「峠の茶屋」と言った感じである。



椅子に座ってゆっくり休憩が出来、更に暖かい物を売っているのである。救われた感じがした。このタイミングでこの状況に出会えるとかなり嬉しい。メンバー全員でテーブルを囲み、各々暖かい物をオーダーする。私は糖分タップリのココアをオーダー。紙コップに入ったそれは400円と下界ではあり得ない値段だが、この状況ではその価値を充分に見いだせた。安堵の気持ちは「また登ろう!」と言うヤル気に変わっていく。まだ登れそうな気がした。
時間を確認すると午前3時過ぎ。御来光の時間まで1時間半ある。間に合うかは判らないが既に九合目に来ているので山頂まで行けなくとも御来光だけは確保出来ている。20分ほど休憩したのち、残り一合分の登山が始まった。

4:07am 九合五勺に到着。
残りはわずかであるが酸素濃度もかなり低いので足取りはかなり鈍い。道も相変わらずの険しさである。休憩の頻度もかなり増えている。メンバー全員が体力的な限界点を越え、気力で登っている状態だ。道のあちらこちらで他の登山客が休憩を取っている姿も多く見られるようになってくる。ここが頑張り所である。

時計を眺めるとそろそろ4時半である。御来光の時間だ。夜が白々と開けだし、登山道がライトなしで見えるようになってきた。メンバー全員が座りながら東の空を見る。霧が依然として濃く張り出し、御来光を拝むことは叶わなかった。しかし、もう数百mで山頂である。最後の力を振り絞り、山頂を目指した。


5:03am 午前5時。山小屋から丁度5時間で富士宮口山頂である浅間神社に到着した。ここには日本一高い場所にある郵便局と言うのもあり、手紙を出すことも出来る。Aさんはここで手紙を出すと言う目的もあったらしく、郵便局へ。他のメンバーは山頂の山小屋に行き、座って体力の回復に入っている。


山頂の山小屋には暖かい食べ物やグッズなども売っている。私はカップヌードルがどうしても食べたかったのだが、座れる場所が無かったので断念した。ちなみに値段はお湯込みで800円。価値ある値段である。
この後の行程として「お鉢巡り」と言うのがある。山頂には到着したのだが、ここは富士山の最高地点ではない。火口沿いに道があり、そこを進むと標高3776mと言う富士山の最高地点がある。つまり、未だ私達は一番高い場所に来た訳ではないのだ。
椅子に座ってグッタリしているHさんの息子さんの姿が見えた。眠気と頭痛がすると言っている。正に高山病の症例と同じ物だ。
帰り道である須走口下山道と最高地点は位置的には逆向きになる。このまま気分の悪いままお鉢巡りに連れ出すのは正直マズい。本に書いてあったことだが高山病を治す一番の薬は下山することである。この時点でお鉢巡りは中止し、即、下山することになったのは言うまでもない。約1時間の滞在後。下山ルートに向けて歩き出すことになった。
(つづく)
