バーに関する話題 郡山のバーに行ってきました。

皆さん、こんにちわ。マスターです。

今回、ラーメン紀行のGW恒例企画、ラーメンツアーとして福島県に行ってまいりました。
今回は例年とは違い、2泊3日という行程を取ったことから、夜の街に繰り出す機会が2晩出来ました。
そこで今回のコラムは2週に渡り、郡山市と福島市のバーについてご紹介したいと思います。

THE BAR WATANABE何故、郡山駅周辺に宿を取ったかと言えば、実は行ってみたいバーが郡山駅周辺にあったからに他なりません。
サントリーが発刊しているバーテンダー向けの小冊子に「ウィスキー・ヴォイス」と言う物があります。
私がたまに行くバーのバーテンダーから頂いた号にたまたま震災後の郡山駅前のバーが5軒、掲載されていました。
今回はその中からを2軒、ご紹介したいと思います。


エントランス先ず1軒目は「THE BAR WATANABE」と言います。
この店は古くから駅前にて営業を続ける老舗のオーセンティックバーです。
店は食べログの地図を頼りに調べたのですが最初は何処にあるのか判りません。
その入り口を見つけたのは実兄でした。建物の間にポツンとある入口。ボトルキャップで作られた「BAR」と言う看板と入り口の門にチョコンと書かれた屋号だけが目印です。
その門を開け、中に入ると長いトンネル状のエントランスが続きます。
それはまるで実世界とバーと言う別世界を隔てるかのように存在し、嫌でも期待感を煽ります。

バックバー店内に入るとカウンターを中心に少しばかりのテーブル席を有した小ぢんまりとした空間。
男性バーテンダーが迎えてくれました。
事前の知っていたのですが、この店は元々オーナーバーテンダーがいらっしゃったようですが、ご病気で亡くなられてからは女性のバーテンダーが店を営んでいます。

エコ・リーフこのバーで私は飲んでみたいカクテルがありました。
前述のウィスキー・ヴォイスにも掲載されていた「エコ・リーフ」と言うカクテルです。
白州をベースに抹茶のリキュール、ヨーグリートなどから構成される一杯で競技会のために作られたこの店のオリジナル・カクテルです。

この店で南相馬市を見てくると言うお話をさせて頂いたのですが心配なのは海岸部に入ることが出来るのか?と言うこと。
すると、お知り合いの方に連絡をして下さり、現地で気をつける事などを教えていただきました。
この場を借りて改めて御礼をしたいと思います。ありがとうございました。

規定杯数の3杯を終了し、THE BAR WATANABEを後にすると時計は10時過ぎ。まだまだ宵の口と言う事でもう一軒。
駅前には本当にバーが多くて目移りしてしまうのですが、やはり前述のウィスキー・ヴォイスに掲載されていた一軒へ。

Bar 八百甚次に訪れたのは「BAR 八百甚」と言うバー。日本語表記の一風変わったお店です。
ウィスキー・ヴォイスにはお店側が書いた文章と共にバーテンダーのイラストが掲載されているのですが、八百甚のマスターのイラストが腕組みをした何とも厳つい(失礼)感じで書かれており、どんな方が営まれているのか、若干ビビりながら入店です。
店に入ると直ぐバックバーとカウンター席が見えました。イラストの方と思われるオーナーバーテンダーと若きバーテンダーのお二人でお店を切り盛りしています。

山崎 ヘヴィリーピーテッドカクテルは結構飲んだのでこちらではモルトをオーダー。
カウンター上の数本の山崎が置かれていたので12年をオーダーしたのですが、何とよくよく見ると今年発売された山崎のヘヴィリーピーテッドがあるじゃないですか!
全国で3500本の限定品で発売も確か2週間前位だったと記憶しています。勿論、2杯目はこちらをオーダーしたのは言うまでもありません。
このマスター、強面ですがお会いすると非常に優しい方で、私が山崎について熱く語っていると「お飲みになられたかと思いますが…」とクォーターショット程度に差し出されたグラス。
山崎 梅酒樽後熟山崎モルトを使用して梅酒樽で後熟したものでした。勿論、私は初めて頂く一杯。ありがたくいただきました。

マスターは模型を中心とした昔の戦闘機や戦車、車などに興味があるようで、お店には多くのミニカーなどが飾られています。
それらの話を始めるとまるで少年のように活き活きと話をされるマスター。
若輩者が失礼な言い方かも知れませんがとても可愛い方です。

この店では他のお客様とお話をする機会がありまして、福島の現状について色々とお話をさせて頂きました。
この方自身は中通り(県中央の内陸部)にお住まいなので放射能の心配はそれほど影響ないと言っており、被災した事自体を忘れる(と言うか忘れたい)事もあると言います。
同じ県内でも浪江町のように町自体に入る事を制限され、故郷に帰れないと言う状況でもない場合、温度差があると言っておりました。

GWの郡山駅前は人の姿も多く、活気に溢れていました。
被災して2年が経過し、一部では人々の生活も元に戻りつつある事も実感する事が出来ました。
しかし、目に見えない放射線の被害は未だ解決の目途も立たない状況には変わりありません。

地元に身を置く事で感じられる事。現地の方と話をする事で感じられる事。
色々な思いを感じられた貴重な一夜でした。

公開日:2013/05/19

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