たわごと 「ラー紀と世の中と私の20年」 2000年~2005年

公開日:2020/05/03

読者の皆さま、こんにちは。
ラーメン紀行の管理人、Net Tourerです。

2020年5月、ラーメン紀行はサイトを開設してから20年の節目を迎えました。
その歴史については「ラーメン紀行の歴史」というコンテンツで公開しているのはコアなラー紀読者の皆さまであれば周知の事実だと思います。(詳しくはコチラから)

20年って短いようで結構長い歳月です。おぎゃあと生まれた赤ん坊は20歳の成人になるくらいの歳月です。
当時、30代前半の私も既に50代。こんなことを20年も続けるとは、始めた当時は思ってもいませんでした。

そんな20周年を記念して今回の多事笑論は「ラー紀と世の中と私の20年」と題して、「ラーメン紀行の歴史」と当時の世の中の情勢や出来事、そして少しだけ私にまつわる出来事について書いてみたいと思います。

20年分を一回で掲載するのは文量も多くなるので、5年ごと、計4回の掲載としたいと思います。

2000年

言わずもがな2000年はラー紀が初めて世に出た年。
当時は「魔法のiらんど」というポータルサイトで会話形式でサイトが作れる場所で何となく作り始めたのがきっかけでした。
コンピュータを生業とした私にとって、当時のご同業の方との話題は「自分のサイトを持っているか?」というのが結構多かった気がします。
自分のサイトを作るにはHTML言語というHPを作るための言語を知らないと作れないし、公開するサーバーも持っていませんでしたので、お手軽な感じで作ったというのが理由でしょうか。
当時の世の中はどうだったかと言えば、インターネットは黎明期であり、NTT東西がISDNの定額通信サービスを開始したのがこの年の7月。今では当たり前になったGoogleが日本語での検索サービスに参入したのがこの年の9月でした。
この「定額通信サービス」というのがキーポイントで、この後のラー紀にも大きく影響する出来事です。

2001年

携帯サイトラー紀誕生から7か月後の2月。HTML言語を習得した私は当時、サービスが出始めた「レンタルサーバー」でのラー紀の公開をはじめました。
「魔法のiらんど」では年表形式での公開しか対応しておらず、今でいうブログ的な公開が主だったのですが、自分で作り始めるにあたり、検索機能を充実させることを念頭にHP全体の設計を行いました。とは言っても静的なHPだったので色々と苦労もありました。
例えば、今でも検索機能として存在する「地域別検索」では、静岡県のページに新たにラーメン店のリンクを追記することで対応していました。その他の検索用ページにも該当すれば同じようにリンクを追記する作業が強いられます。
また、テキストエディタで作っていた関係もあり、凝ったページを作ることが出来なかったため、携帯用のHPにすることとしました。
世の中的には今では当たり前のように使用している「Wikipedia」のプロジェクトが発足したり、携帯業界ではNTTドコモが「FOMA」のサービスを開始しています。FOMAって今思えば3Gなんですね。現在は5G通信のサービスが始まっていますから時代を感じますね。
個人的な出来事では14年間働いた会社を退職し、1月からITベンチャーに就職。同年8月一杯で退職して3か月間、プー太郎生活を送っていましたが、現在の会社に入社した頃です。

2002年

サイトを一般に公開すると、世の中には見てくれている方が居るんだということが実感できる出来事が多くなってきました。
その中でも雑誌への掲載は大きな出来事でした。当時は未だGoogleが一般的ではなく、「検索といえばYahoo!」という時代でしたので、媒体としての本の役割、居場所はまだまだ健在な時代でした。
携帯用のサイトばかりを集めたムック本ならまだしも、こんな携帯用のサイトをPC用のサイトと一緒に掲載した本もあって、サイト作成者が少なかった印象ですよね。まだ、ブログもSNSもない時代です。
世の中では日韓共催ワールドカップが行われた時期。
携帯業界ではKDDI(現au)が「CDMA2000 1X」を開始し、3G時代に突入した感がありました。
個人的な出来事としては現在も通っている静岡市内の勤務先に通い始めたのがこの年の5月からです。

2003年

この年もラー紀では大きな出来事がありました。
それが自宅サーバーでの公開です。同時に独自ドメインである「ra-menkikou.net」も取得しています。
自宅サーバー初号機としてコアなラー紀フリークの皆さまには有名な「おかもちサーバー」を作成。(詳しくはコチラから)
専門的な話ですが、自宅にサーバーがあることで、これまでFTPクライアントを使用しての記事のアップはなくなり、エクスプローラーでコピペするだけで済みます。
これは前述した「定額通信サービス」が大きく寄与しており、常時接続が出来るようになったことで可能になりました。
また、同時にこのWebサーバーを使用して、この先で考えている「動的HPへの移行」の準備を始めました。
ちなみに、この時点で既に「JPドメイン(例:ra-menkikou.jp)」や日本語ドメイン(例:ラーメン紀行.net)」の取得も可能でしたが何故、「ra-menkikou.net」なのかと言えば、私のハンドル名「Net Tourer」だったことと、日本語ドメインは当時の携帯では入力することが出来なかったというのが主な理由です。

2004年

2004年当時のラー紀この年もラー紀は大きく飛躍した年となりました。
前述した「動的HPへの移行」の準備が完了し、1月1日から公開をはじめました。
同時にPCサイトも用意した事で、これまで携帯サイトをPCから見ていた方にも見やすくなったと思います。
当時の携帯はパケ代も高く、外でHPを見ること自体が少ない時代だったのもPCサイトを作った大きな要因です。
また、当時はJ-Phone(現ソフトバンク)のサイトのみ対応していたため、他社キャリアでラー紀を見た場合は絵文字が化けてしまっていましたが、NTTドコモには対応しました。
世の中ではSNSとしてmixiやFaceBookが誕生し、ブログもこの頃から一般の人がぼちぼち始めた頃で、個人が情報を気軽に発信するという、現在の姿の礎を築きはじめます。
また、この頃は静岡県東部のラーメン事情も大きく変化を始めた時期で、麺屋中川、卓朗商店、麺まるい等、東部のラーメンシーンを牽引する店が出始めた時期ですね。

2005年

新たな仕組みを得たラー紀は、掲載店舗数を粛々と伸ばし、400店舗に到達。この頃、ちょっとした事件が起こります。
当時のラー紀は外部サービスの掲示板を持っており、そのカキコを利用して取材ネタにしていた時期がありました。
その掲示板内で当時の掲示板の常連さんだった方のカキコが物議を醸します。
当時、下土狩駅前にあった「手力本願」という店の常連だったこの方が「まかないのラーメン」を食べたという記事に他の読者が反応。2ちゃんやしずちゃんへの転載に発展する事態(今風にいえば炎上)になり、掲示板を閉じることにしました。
この事件をきっかけに当時、この掲示板を見ていた「かなり高橋氏」がブログ「ラーメン食うぞ!-静岡東部版-」を開設し、後に「ラーメンマップ静岡」というラーメン本の発刊へと繋がります。
世の中では2月に次世代の一大メディアとなるYouTubeが設立され、大容量通信時代の到来を予感させました。

つづく

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