| ある帰宅時の出来事 その3 |
公開日:2004/05/01
私「気分はどう?鍵は大家さんに連絡が取れなくて難しいみたい。」
取り留めのない話をする私。目をつぶったままの彼女。死んだように眠っている。妙に不安な私。
『このまま逝くなんてことないよなぁ』
また嫌な考えが頭を過ぎった。とにかく生死だけは確認したい気分だった。またまた取り留めのない話を続けた。
すると彼女はヨロヨロと起き上がろうとし始めた。
私「大丈夫?立てるかい?」
中腰で半分立ち上がった次の瞬間。
「ドサッ!」
車道に頭を向けて倒れてしまった。一瞬の出来事で脇にいた私でさえそれを抑えることは出来なかった。
向こうからは車のヘッドライトが!危ない!
私「オーイ!避けろー!」
私は大きく両手を振って車に叫んだ。車の方も気が付いたらしく避けながら走り去って行った。
私「大丈夫?ケガはなかった?」
彼女「ごめんなさい。やっぱクラクラする」
両肘と両膝をついて四つん這いのような形で動こうとしない彼女の両脇から腕を入れて、後ろからはがい締めのような形で上半身だけは何とか起こすことに成功した。しかし体全体はまだ車道に出ている。もう少しなのに…
そこへ帰宅途中と思しきおじさん連中3、4名が通りかかった。
おじさん「おい、大丈夫かい?あんた、お連れさん?」
私「いえ、通りがかりの者です。すいません、足持ってもらえませんか?歩道に戻したいので…」
「藁をもすがる」とは正にこのことであった。彼女はデブではないのだが痩せているとは言えない中肉中背と行った感じ。イヤラシイ言葉で言えば「ナイスバディ」の持ち主であった。
おじさん達の力を借りて何とか歩道へ彼女を移動した。
おじさん「警察に電話した方がいいんじゃないの?」
私「既に呼びに行きましたから。もう少しで来ると思います。」
おじさん「そうか。じゃ、すまないが私たちはこれで。」
何とも冷たいおじさん達である。まぁ好き好んで厄介なことに手を出す必要もない訳で。
『これは寝かせておくのが一番だ』
変に動けば必ずケガをする。そう思った私は彼女自身が持っていたバッグを枕に彼女を寝かせた。本当なら自分のを使えば良いのだが私の通勤用カバンはアタッシュケースなので寝心地は最悪だろう。
私「何も心配することはないから。ゆっくり休んで。」
彼女が私の方を見て「すいません。ご迷惑かけちゃって」などと志雄らしいことを言う。その眼差しを見て私は愕然とした。
どう考えても目の焦点が合っていないのだ。私の方を向いてはいるが、私と視線が合わない。そんな奇妙な眼差しなのだ。
『これは普通じゃないな』
最初、私は彼女は酒に酔ったのだと考えていた。しかし酒に酔ったからと言って目の焦点が合わなくなった人を私は見たことがなかった。瞳が不自然に収縮していて白目の部分が多い。その割に瞳孔は大きく開いているのが判った。
私「さ、目をつぶって。何も心配することはないよ。」
彼女は素直に目をつぶった。
『薬物か何かしてないか?』
薬物… 私の日常には決して出てこない言葉。テレビの中の絵空事。実は酒の臭いと思ったのもトルエンなどを吸引したからではないのか?もしかして覚せい剤?私の視線は彼女の左腕に注がれた。
その手には傷があった。昔、私が中学生の頃、「根性焼き」と言うのが流行った。10円玉を腕に垂直に立て、血が出るまで腕を掻きむしる。その傷は長いかさぶたとなって残る。不良たちの勲章のような物である。その時覚せい剤を疑うならサマーセーターの袖をまくり、肘のあたりを見れば注射痕が確認出来るはずだ。しかし小心者の私にはそれを確認する勇気もなかった。
一人になった心細さからつい色々なことを考え過ぎていて、「早くAさんに戻ってきて欲しい」と言う思いだけが私を支配し始めていた。
(つづく)
