既に思い出ラーメンになっているようだ
かんななげとばしらーめん
【移転】環七下頭橋ラーメン

photo

SHOP DATA
住  所
電話番号
営業時間18:00~4:00(月~火・木~日)
定休日水曜
席数カウンター10 テーブル4
駐車場なし
緯度経度
(日本測地系)
N  35゚45'18.9''
E139゚41'49.5''
地図を見る
最寄駅中板橋(東武鉄道東上線)
取材日2007/01/02その他の情報...

メニュー

ラーメン
650円
チャーシュー麺
850円
みそラーメン
650円
 
大盛
100円
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取材歴

2001/04/14  取材分
1997/07/01  取材分

先月のこと。
実兄と平太周味庵と言う店を食したのは記憶に新しい。この店は私がラーメン食べ歩きをはじめるきっかけを作ってくれた土佐っ子と言う今は無き店の味を引き継いだ店であることから訪れた店である。
平太周味庵以外にも土佐っ子の味を引き継いだ店は多く、これまで何度と無く足を運び、そして撃沈されてきた。そして前回の平太周味庵の取材時。実兄がこんな言葉を残している。
「実は環七下頭橋ラーメンが一番、土佐っ子に近いんじゃないのか?」
これまでは何故か下頭橋ラーメンが出てこなかった。それは行く度に作り手が変わる事。そしてなによりその度に味が当初の味とかけ離れていく事に対する絶望感によるものだったのだと思う。
しかし、これだけ味を継承している店をまわり、撃沈を繰り返すことにより考え方も原点回帰した結果、あの言葉が出たのだと思う。私自身もスッカリ下頭橋ラーメンの事は忘れていたのだった。
 
そして今日は正月恒例となった東京ラーメンツアー。その東京での思い出の味。ある意味、土佐っ子に一番近い味ではないかと思われる下頭橋ラーメンへの取材を試みる。
事前の電話連絡でもしっかりと営業が確認出来た私達ラーメンバカ兄弟は浅草から常盤台を目指すのであった。
ちなみに私が最後に下頭橋ラーメンを訪れたのは2001年4月。今から約6年前だ。実兄に至っては更に前で8年以上の歳月が流れている。しかし、私も実兄も当時の土佐っ子の味の記憶は鮮明に残っていて味のイメージに対する意見が一致する。キーワードは「茶色い甘辛い背脂である。
 
懐かしい風景が見え始めてくる。下頭橋ラーメン付近も当時はなかったラーメン店が軒を連ねる。家系と思しき店も近くにある。当時、駐車したパーキングは今も健在である。このパーキングにも色々と思い出があった。入庫後。店までは徒歩でむかった。
店に到着する。店内も昔とあまり変わった感じはない。しかし決定的に違うのはオーダーのシステム。当時はお代と共にマジックで塗られた割り箸を渡されたのだが今回は券売機の姿が見えた。しかし、その券売機は現在、故障中のようでオーダーは口頭。ラーメンをオーダーした。
そして次に変わった点は何と!席がちゃんとあるのだ。当時は立ち食いだったのだが今回はカウンターに椅子があるのだ。椅子に座って暫し待つ事にした。
店内では数名の客が既にラーメンをすすっていた。店主と思しき男性は今まで見たことのない人。そして女店員は外国(東南アジア系)の人でどうもご夫婦で店を切盛りしているようだ。
厨房観察をしてみる。丼には先ず背脂。そして麺を茹で上げ入れた後、背脂。そしてスープを張って更に背脂。3度も背脂を振る。これは前に取材した平太周の作り方に酷似している。しかし平太周と明らかに違うのが背脂の色である。明らかに茶色い色の付いたそれを見た時、期待せずにはいられなかった。後に聞いた話であるがそれは実兄も同じだったようだ。
そしてラーメンやってきた。早速スープをすすった。
ベースのスープはとんこつ、豚背ガラを軸にした物である。それに背脂がビッシリと振りかけられている。背脂のお陰で醤油ダレの塩角が取れてマイルドな印象だが「甘辛い」と言う状況には至っていない。しかし、これまで食した背脂の中では一番イメージに近い味である。
麺は中細の縮れ麺。かん水の量は少なめであるがコシはあまりない。麺を上げてから盛り付けまでが時間がかかるラーメンなので仕方ないのかもしれない。
具はチャーシュー、メンマ、茹で玉子、ネギ。チャーシューは豚バラ肉使用の煮豚。味は付いているが甘い味付けではないのは残念だ。
駐車場までの帰り道。先ほどのラーメンについて実兄と話ながら歩く。
「まぁ、今までの店の中では一番近い味だったんじゃないかな」
実兄も同じ印象を抱いていたようだ。
そして環七を通りながら当時、只ただ好きで追いかけていた環七沿いの店を一軒づつ懐かしみながら帰路に着くのであった。

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