産業用ロボットによる完全調理!?
なごやそうほんけ ふぁーめん
【閉店】名古屋総本家 ふぁーめん

photo

SHOP DATA
住  所
電話番号
営業時間11:30~15:30(月~日)
17:00~20:00(月~日)
定休日無休
席数テーブル20
駐車場なし
緯度経度
(日本測地系)
N  35゚09'26.9''
E136゚54'18.2''
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最寄駅大須観音駅(地下鉄鶴舞線)
取材日2009/11/29その他の情報...

メニュー

ふぁーめん
700円
ねぎふぁーめん
750円
チャーふぁーめん
800円
ねぎチャーふぁーめん
850円
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私がこの店を初めて知ったのはグーグルアラートと言うサービスによるものだった。グーグルアラートとは指定したキーワードに合致するニュースサイトの情報をメールで知らせてくれるサービスである。
今回、アラートが教えてくれた情報によれば、名古屋にロボットによる完全調理を実現する店が出来たと言う内容だった。
話は反れるが今年の初夏のこと。
山梨にある桃園と言う店のロボットラーメンを取材したのは記憶に新しい。個人が最初から最後まで作り上げたロボットはパソコンでオーダーすることによりスープの種類や濃さ、油の量、麺の堅さなどを全てロボットによって調理するものであった。しかし、具の盛りつけだけは店主が行うと言うちょっと半自動なものであった。
話を戻そう。
しかし、今回のロボットは産業用ロボットメーカーが自社製品をアピールする場として選んだのがラーメンだったと言うだけあって、全ての行程をロボットが行うと言うものである。これはネタラーメンとして取材しない手はない。
今日は日曜日。明日の月曜に名古屋出張が決まった私は自腹で前泊を決行。このロボットラーメンを取材するために一路、名古屋に向かうのであった。
店は大須観音駅からほど近い。昔、他事笑論で訪れた赤門通りにある第2アメ横ビルの2階にある。事前情報では11時の開店となっていたが、店先の営業時間案内によれば11時半からのオープンに変わっていた。仕方なく辺りを散策して時間を潰すことにした。
この界隈は電気関連の店が多く、パーツ屋やパソコンショップ等が多くて時間潰しには事欠かない。昔、他事笑論でも紹介した妙な形の信号機も健在。この信号機。テレ朝の「なにコレ珍百景」でも紹介されていたが私は遡ること4年も前にラー紀上で紹介していた事を考えると投稿さえすれば採用された訳で今思えばちょっと残念…
そうこうする内に開店の時間である。店先は完全クローズドな雰囲気で暖簾を潜って入店。テーブル席ばかりなので2席のテーブル席に陣取った。オーダーは口頭。ふぁーめんをオーダーした。
でだ。ここで厨房観察になる訳であるが今回はロボットが作る。黄色い機体の2台のロボットがあり、1台は麺を、もう1台が丼の配置、スープ、具の盛りつけを担当している。しかし、ここで残念なお知らせがある。今回のロボット。静止画、動画共に撮影はOKなのだが、個人使用目的に限られ、公共への公開は禁止されている。流石に企業がやっている店であり、技術の結晶である物なので仕方ないが興味のある方は「ふぁーめん」でYouTubeを検索してみて欲しい。いっぱい出てきますので…
そして、最後の最後で店員によってマー油がかけられていた。ここだけは手動…惜しい!
そしてラーメンがやってきた。早速、スープをすすってみた。
ベースのスープは豚背ガラを軸にした印象のとんこつスープ。ライトとんこつタイプのもので獣臭はなく、サラっとした印象は万人向きで飲み易い。この店、家族連れなども多いので、あまりガチガチなとんこつではマニア向けになってしまうのである程度は仕方ないかと思う。マー油の量も適当でニンニクに汚染された感じはなく、程々な印象。醤油ダレの効かせ方も良い塩梅である。
麺は極細ストレート麺。かん水の量は少な目、加水率は低めな印象のオーソドックスなもの。茹で加減はデフォルトで結構硬茹でに仕上がっている。ちなみに茹で加減は4段階に調整可能。デフォルトは3番目に硬い。
具はチャーシュー、きくらげ、ネギ。チャーシューは豚バラ肉使用の煮豚。醤油で炊いたもので結構味が付いている。いつもの味玉はメニューに存在しない。
私達にはあまり馴染みのない産業用ロボットであるが、見せ方一つでこれだけ身近な物として見ることが出来る事を感じた時、プレゼンもアイデア次第で心をグッと引き付けるものであると感心しかりである。
昨今、政治の世界では「事業仕訳け」が連日のニュースを賑わせているが先日、スーパーコンピュータの開発に関する予算が削られるような判定になり、管副総理によって撤回された一幕があった。
「技術大国日本」と言われて久しい訳であるが、産業用ロボットがこれだけ繊細な作業をこなすことが出来るのを目の当たりにし、日本人のスゴさを改めて認識すると共に、日本人であることの誇らしさを感じずにはいられないのであった。

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