| 久しぶりのスポーツ刈り君 |
よし家

| SHOP DATA | ||||
| 住 所 | 長野県長野市南千歳1-8-12 | |||
| 電話番号 | 026-291-4311 | |||
| 営業時間 | 11:30~22:00(月~水・金~日) | |||
| 定休日 | 第3水曜・木曜 | |||
| 席数 | カウンター15 | |||
| 駐車場 | なし | |||
| 緯度経度 (日本測地系) | N 36゚38'34.7'' E138゚11'35.2'' | 地図を見る | ||
| 最寄駅 | 長野駅(JR信越本線) 長野駅(JR長野新幹線) | |||
| 取材日 | 2009/05/16 | その他の情報... | ||
メニュー
- 味玉ラーメン
- 770円
- ラーメン
- 700円
- チャーシュー麺
- 900円
- ○得ラーメンデラックス
- 900円
この店の話をするには先ずは記憶を8年ほど遡る必要がある。
当時。吉田家が何故か長野県に支店を出したと言うことで態々出かけた事がある。
片道3時間ほどかかって到着したその店には吉田家で修行をしていた若い使用人の姿があった。当時、私は彼のことを「スポーツ刈り君」と呼んでいた。
数年後。
長野のラーメンを食べ歩いている相互リンク先のnelさんと言う方から興味深い話を聞いた。
スポーツ刈り君が独立して長野市内に店を構えたと言う内容だった。行ってみたい衝動に駆られながらも場所が長野市内と言うこともあり、距離的な事、高速代などの金銭的な事。色んな事情からその店への取材を躊躇していた。
更に月日が流れて今年の2月。マイミクさんから去年、閉店した吉田家の塩尻店が復活し、場所を移して営業を再会した旨の話を聞いた。この時、前述したスポーツ刈り君の店とセットで取材したら面白いんじゃないかと考えた私は、そのマイミクさんを取材に誘うことにした。スポーツ刈り君の店と吉田家の新店。一日に2杯の家系ラーメン取材に耐えられる人はそうはいない。判る人には判るだろうが今回取材に誘った方はそんなマイミクさんである
早速、取材を開始した。
三島市内でマイミクさんをピックアップし、一路長野市内へ。
塩尻まで3時間かかった事を鑑みた時。長野市までは何時間かかるのか?想像も出来なかった私は集合時間を朝8時とした。たった一杯のラーメンのために片道3時間以上。距離にして250km以上を行く訳である。一般の人には理解できないことであろう。ちなみに高速代は昨今のETC割引を利用すれば大した金額にはならない。
4時間後。
上越道長野ICを下線した。一般道は結構混んでいる。ETC割引の影響もあるのだろうか。ノロノロ運転が続く。歩道橋に設置された横断幕を何気に眺めている時だった。
「善光寺 ご開帳につき渋滞が予想されます。参拝にはシャトルバスをご利用ください」
今年の3月。野沢温泉にスノボーに行くついでに善光寺に行った際。今年は7年振りにご開帳があると聞いた覚えがあった。しかし、何でよりによってそんな時期に長野市内に来ちゃったのだろうか…流石は後厄である。
そんなこんなでやっとのこと長野駅前に到着した。今回取材した店を「よし家」と言う。前述の通り。スポーツ刈り君の店である。店先に駐車場は無いがそこは駅前。コインパーキングが点在しているので入庫後。店までは徒歩で向かった。
店内は波打ったような変形のカウンターのみ。既に満席に近い状態である。女店員によりカウンター席に通された。カウンターの色は私が通い始めた頃の吉田家のそれを彷彿とさせた。オーダーは口頭。味玉ラーメンをオーダーした。ちなみに味玉は「かた玉」と言うハードボイルドタイプと「やわ玉」と言う黄身がトロトロタイプを選択出来る。もちろん、やわ玉をセレクトした。
厨房観察。
大きな寸胴が2器、確認出来た。この辺りの配列は吉田家のそれと変わらないのであろう。鶏油は別取りしているらしく、別の鍋から注いでいた。この部分は吉田家のそれとは異なる部分である。鶏油の入れ方が結構豪快でジャブジャブと入れている。油多めのオーダーがそんなに多かったであろうか。麺茹では平ざるを使用したもの。湯切りは吉田家のヒロシ譲り。「パンッ、パンッ!」と力強く豪快なそれは重力と平ざるを巧みに利用したものだ。昔、吉田家の店先で雑巾を使って湯切りの練習をしていたスポーツ刈り君の姿を思い出した。
そしてラーメンがやってきた。早速、スープをすすった。
ベースのスープはげん骨、豚背ガラ、鶏ガラを軸にした印象。吉田家のそれと比べるとかなり重く、デフォルトで鶏油の量もかなり多めなのもそう感じさせるのかも知れない。醤油ダレの塩梅もキリっと効かせてあって良い。
麺は太縮れ麺。かん水の量は標準的。加水率はやや少なめな印象を持った。茹で加減はデフォルトでやや硬茹でに仕上げられており、口中で縮れを感じることが出来る。適度なコシもある。
具はチャーシュー、味玉、ほうれん草、のり、ネギ。チャーシューは豚モモ肉使用の煮豚。味玉は前述の通り、黄身がトロトロのタイプで私好み。味付けも穏やかである。
7年以上の歳月が流れ、久しぶりに見たスポーツ刈り君は少しだけふっくらしていたが元気そうで何よりである。
私が吉田家に通い始めた当時。ビクビクとしながら吉田家の厨房で頑張っていたスポーツ刈り君とギョロ目君。その後の形はどうあれ二人とも吉田家から独立してそれぞれ頑張っている姿を見て、当時を懐かしく思い出した。
当時。吉田家が何故か長野県に支店を出したと言うことで態々出かけた事がある。
片道3時間ほどかかって到着したその店には吉田家で修行をしていた若い使用人の姿があった。当時、私は彼のことを「スポーツ刈り君」と呼んでいた。
数年後。
長野のラーメンを食べ歩いている相互リンク先のnelさんと言う方から興味深い話を聞いた。
スポーツ刈り君が独立して長野市内に店を構えたと言う内容だった。行ってみたい衝動に駆られながらも場所が長野市内と言うこともあり、距離的な事、高速代などの金銭的な事。色んな事情からその店への取材を躊躇していた。
更に月日が流れて今年の2月。マイミクさんから去年、閉店した吉田家の塩尻店が復活し、場所を移して営業を再会した旨の話を聞いた。この時、前述したスポーツ刈り君の店とセットで取材したら面白いんじゃないかと考えた私は、そのマイミクさんを取材に誘うことにした。スポーツ刈り君の店と吉田家の新店。一日に2杯の家系ラーメン取材に耐えられる人はそうはいない。判る人には判るだろうが今回取材に誘った方はそんなマイミクさんである
早速、取材を開始した。
三島市内でマイミクさんをピックアップし、一路長野市内へ。
塩尻まで3時間かかった事を鑑みた時。長野市までは何時間かかるのか?想像も出来なかった私は集合時間を朝8時とした。たった一杯のラーメンのために片道3時間以上。距離にして250km以上を行く訳である。一般の人には理解できないことであろう。ちなみに高速代は昨今のETC割引を利用すれば大した金額にはならない。
4時間後。
上越道長野ICを下線した。一般道は結構混んでいる。ETC割引の影響もあるのだろうか。ノロノロ運転が続く。歩道橋に設置された横断幕を何気に眺めている時だった。
「善光寺 ご開帳につき渋滞が予想されます。参拝にはシャトルバスをご利用ください」
今年の3月。野沢温泉にスノボーに行くついでに善光寺に行った際。今年は7年振りにご開帳があると聞いた覚えがあった。しかし、何でよりによってそんな時期に長野市内に来ちゃったのだろうか…流石は後厄である。
そんなこんなでやっとのこと長野駅前に到着した。今回取材した店を「よし家」と言う。前述の通り。スポーツ刈り君の店である。店先に駐車場は無いがそこは駅前。コインパーキングが点在しているので入庫後。店までは徒歩で向かった。
店内は波打ったような変形のカウンターのみ。既に満席に近い状態である。女店員によりカウンター席に通された。カウンターの色は私が通い始めた頃の吉田家のそれを彷彿とさせた。オーダーは口頭。味玉ラーメンをオーダーした。ちなみに味玉は「かた玉」と言うハードボイルドタイプと「やわ玉」と言う黄身がトロトロタイプを選択出来る。もちろん、やわ玉をセレクトした。
厨房観察。
大きな寸胴が2器、確認出来た。この辺りの配列は吉田家のそれと変わらないのであろう。鶏油は別取りしているらしく、別の鍋から注いでいた。この部分は吉田家のそれとは異なる部分である。鶏油の入れ方が結構豪快でジャブジャブと入れている。油多めのオーダーがそんなに多かったであろうか。麺茹では平ざるを使用したもの。湯切りは吉田家のヒロシ譲り。「パンッ、パンッ!」と力強く豪快なそれは重力と平ざるを巧みに利用したものだ。昔、吉田家の店先で雑巾を使って湯切りの練習をしていたスポーツ刈り君の姿を思い出した。
そしてラーメンがやってきた。早速、スープをすすった。
ベースのスープはげん骨、豚背ガラ、鶏ガラを軸にした印象。吉田家のそれと比べるとかなり重く、デフォルトで鶏油の量もかなり多めなのもそう感じさせるのかも知れない。醤油ダレの塩梅もキリっと効かせてあって良い。
麺は太縮れ麺。かん水の量は標準的。加水率はやや少なめな印象を持った。茹で加減はデフォルトでやや硬茹でに仕上げられており、口中で縮れを感じることが出来る。適度なコシもある。
具はチャーシュー、味玉、ほうれん草、のり、ネギ。チャーシューは豚モモ肉使用の煮豚。味玉は前述の通り、黄身がトロトロのタイプで私好み。味付けも穏やかである。
7年以上の歳月が流れ、久しぶりに見たスポーツ刈り君は少しだけふっくらしていたが元気そうで何よりである。
私が吉田家に通い始めた当時。ビクビクとしながら吉田家の厨房で頑張っていたスポーツ刈り君とギョロ目君。その後の形はどうあれ二人とも吉田家から独立してそれぞれ頑張っている姿を見て、当時を懐かしく思い出した。
