| バランスの良さは寿々喜家ゆずり! |
菊池家

| SHOP DATA | ||||
| 住 所 | 神奈川県大和市深見西3-1-36 アサヒビル1階 | |||
| 電話番号 | 046-260-9700 | |||
| 営業時間 | 11:00~14:00(月~火・木~土) 11:00~20:00(日~祝) 19:00~2:00(月~火・木~土) | |||
| 定休日 | 水曜 | |||
| 席数 | カウンター10 座敷6 | |||
| 駐車場 | なし | |||
| 緯度経度 (日本測地系) | N 35゚28'31.5'' E139゚27'48.9'' | 地図を見る | ||
| 最寄駅 | 大和駅(小田急江ノ島線) 大和駅(相模鉄道本線) | |||
| 取材日 | 2003/06/07 | その他の情報... | ||
メニュー
- ラーメン並
- 600円
- ラーメン中
- 700円
- ラーメン大
- 800円
- つけ麺にする場合
- 100円
ある日のことである。私の携帯にメールが飛び込んできた。それは実兄からのものだった。
「今週土曜日午後から予定ありますか?暇だったら美味しい家系僕と探しにかないか!?」
何だか最近の週末は実兄とともに行動することが多い。実兄によれば午後になれば自由の身とのこと。私自身も午前中の所用を済ませ実兄と合流した。
当初の私の目論みとしては、昼の取材はしないで夜の取材に重点をおくつもりでいた。午後一時から神奈川へ行ったところで通し営業でない限り昼の部に間に合うのは不可能であろう。そう考えれば昼メシは地元で取り、夕方あたりから夜の部を睨んで取材した方が効率が良いのではないか?と考えていたが、実兄はそうは考えていなかったらしく、いきなり神奈川に行きたがる。仕方がないので昼の部が午後三時までやっているいっちゃがという前に取材をした店へ向かった。
「これからどうする?」
いっちゃがを出た二人はこれから行く店を考えていた。最近、掲示板に来てくださっている「ちょびさん」という方から聞いた「おやじ」という店の「熊ラーメン」というラーメンが美味いという情報聞いていた私は、その店に向かうこと具申した。
聞いていたのは町田店だったような気がしたが、取材先でもあり情報源に乏しい状況だったので、「神奈川のラーメン」に載っていた本店と呼ばれる相模原の店へ向かうこととした。
約1時間後、店に現着するも別の店に変わっていた。がちょーん!困り果てた私たちはやはり最近掲示板で話題にのぼっていた「菊地家」という店へ向かうこととした。
菊地家に関しては事前にネットでいろいろ調べたことがある。このサイトではちょくちょくお世話になっているもんてさん曰く、「二度行って二度とも失敗した」と書かれていた。要するに美味くないということだった。他の人のサイトを見てももんてさんと同じ意見を持つ人もいるのだが、「バランスがよくて美味い」というサイトも数多くあり、私が見た限りでは意見がまっぷたつなのである。まぁラーメンの出来なんて行った日や時間帯、食べた人の体調や好みによっても感じ方が違うものである。
夜の部は午後7時からということで通常のラーメン屋に比べるとかなり遅い。時間前に現着した私達は、適当に時間つぶしてから店へと向かった。駐車場から店へと向かう道すがら、「10・10家」という家系の店を発見した。時はまさに夕飯時。しかし、客が一人もいなかった。
「もんてさんが確か行ったって言ってたなぁ」
後にもんてさんのサイトで確認すると何と吉村家系列の店があることが判明した。なんで客がいないんだろう?
さて、問題の菊地家であるが、開店直後の店に到着するとすでにカウンターは一杯。座敷もあるのだがここは子供連れや家族連れ優先で、私たちはしばし待たされることとなった。
数分後、カウンター席に陣取った私たち。オーダーは口頭。ラーメン並、のり、味付玉子をオーダーした。
店内は若い店員ばかりだが、接客はなかなかのもので好感が持てる。事前調査の情報によれば、この店の上流はあの寿々喜家であるので少し納得した。
そして数分後、ラーメンがやってきた。いつものように早速スープからすすった。
気持ち醤油の尖った印象はあるが問題のない範疇に収まっている。寿々喜家同様、醤油ダレ、スープ、鶏油のバランスが良い。一口目から最後まで飽きることなくグイグイ飲める。デフォルトで充分イケるそのスープは、変に味の調整をすると折角の好バランスが崩れてしまうであろう。
麺は酒井製麺謹製。しかし、盛り付けが一番最後になってしまった私の器の中の麺はいつもの「ネチッ」とした食感は無い。私自身はこの位の硬さの方が好みだが、茹で汁も少し入っているのが少々残念でならない。
具はチャーシュー、ほうれん草、のり、ネギ。そして別注の味玉。チャーシューは豚肩ロース使用の茹で豚。かなり歯応えのあるもの。ほうれん草は良く水切りがされていて、適度に鶏油を吸っていて食すと美味。味玉も黄身がトロトロのタイプで私好みである。
駐車場への道すがら、実兄と話をした。
「吉田家しか知らなかったあの頃と、いろいろなラーメンを知っている今ではどっちが幸せなのだろう?」
毎週毎週、時間と金をかけて美味いラーメンを探し続ける今は幸せだろうか?吉田家しか知らないのなら大した金もかからないし、それはそれである意味「幸せ」だったのかもしれないと考えた。
何だか哲学的な話になってしまった。多分、答えなんて出せないのであろう。
だが一つだけ言える事は、「もう知ってしまったので後戻りは出来ない」と言うことだけだった。
「今週土曜日午後から予定ありますか?暇だったら美味しい家系僕と探しにかないか!?」
何だか最近の週末は実兄とともに行動することが多い。実兄によれば午後になれば自由の身とのこと。私自身も午前中の所用を済ませ実兄と合流した。
当初の私の目論みとしては、昼の取材はしないで夜の取材に重点をおくつもりでいた。午後一時から神奈川へ行ったところで通し営業でない限り昼の部に間に合うのは不可能であろう。そう考えれば昼メシは地元で取り、夕方あたりから夜の部を睨んで取材した方が効率が良いのではないか?と考えていたが、実兄はそうは考えていなかったらしく、いきなり神奈川に行きたがる。仕方がないので昼の部が午後三時までやっているいっちゃがという前に取材をした店へ向かった。
「これからどうする?」
いっちゃがを出た二人はこれから行く店を考えていた。最近、掲示板に来てくださっている「ちょびさん」という方から聞いた「おやじ」という店の「熊ラーメン」というラーメンが美味いという情報聞いていた私は、その店に向かうこと具申した。
聞いていたのは町田店だったような気がしたが、取材先でもあり情報源に乏しい状況だったので、「神奈川のラーメン」に載っていた本店と呼ばれる相模原の店へ向かうこととした。
約1時間後、店に現着するも別の店に変わっていた。がちょーん!困り果てた私たちはやはり最近掲示板で話題にのぼっていた「菊地家」という店へ向かうこととした。
菊地家に関しては事前にネットでいろいろ調べたことがある。このサイトではちょくちょくお世話になっているもんてさん曰く、「二度行って二度とも失敗した」と書かれていた。要するに美味くないということだった。他の人のサイトを見てももんてさんと同じ意見を持つ人もいるのだが、「バランスがよくて美味い」というサイトも数多くあり、私が見た限りでは意見がまっぷたつなのである。まぁラーメンの出来なんて行った日や時間帯、食べた人の体調や好みによっても感じ方が違うものである。
夜の部は午後7時からということで通常のラーメン屋に比べるとかなり遅い。時間前に現着した私達は、適当に時間つぶしてから店へと向かった。駐車場から店へと向かう道すがら、「10・10家」という家系の店を発見した。時はまさに夕飯時。しかし、客が一人もいなかった。
「もんてさんが確か行ったって言ってたなぁ」
後にもんてさんのサイトで確認すると何と吉村家系列の店があることが判明した。なんで客がいないんだろう?
さて、問題の菊地家であるが、開店直後の店に到着するとすでにカウンターは一杯。座敷もあるのだがここは子供連れや家族連れ優先で、私たちはしばし待たされることとなった。
数分後、カウンター席に陣取った私たち。オーダーは口頭。ラーメン並、のり、味付玉子をオーダーした。
店内は若い店員ばかりだが、接客はなかなかのもので好感が持てる。事前調査の情報によれば、この店の上流はあの寿々喜家であるので少し納得した。
そして数分後、ラーメンがやってきた。いつものように早速スープからすすった。
気持ち醤油の尖った印象はあるが問題のない範疇に収まっている。寿々喜家同様、醤油ダレ、スープ、鶏油のバランスが良い。一口目から最後まで飽きることなくグイグイ飲める。デフォルトで充分イケるそのスープは、変に味の調整をすると折角の好バランスが崩れてしまうであろう。
麺は酒井製麺謹製。しかし、盛り付けが一番最後になってしまった私の器の中の麺はいつもの「ネチッ」とした食感は無い。私自身はこの位の硬さの方が好みだが、茹で汁も少し入っているのが少々残念でならない。
具はチャーシュー、ほうれん草、のり、ネギ。そして別注の味玉。チャーシューは豚肩ロース使用の茹で豚。かなり歯応えのあるもの。ほうれん草は良く水切りがされていて、適度に鶏油を吸っていて食すと美味。味玉も黄身がトロトロのタイプで私好みである。
駐車場への道すがら、実兄と話をした。
「吉田家しか知らなかったあの頃と、いろいろなラーメンを知っている今ではどっちが幸せなのだろう?」
毎週毎週、時間と金をかけて美味いラーメンを探し続ける今は幸せだろうか?吉田家しか知らないのなら大した金もかからないし、それはそれである意味「幸せ」だったのかもしれないと考えた。
何だか哲学的な話になってしまった。多分、答えなんて出せないのであろう。
だが一つだけ言える事は、「もう知ってしまったので後戻りは出来ない」と言うことだけだった。
